スポンサーサイト

  • 2010.07.10 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


選曲について

 以前から亮さんが選曲についてあれこれ推測してますし、本部長さんも最近、選曲についての記事を書かれていたので、こちらも選曲の事情について書いておこうと思います。

 最初のうちは完全にその日の天気や体調や、たまたま聴いていたといった気分的なものでその都度選んでいました。本来はそうした日記的な意味合いでの「1日1曲」だったのですが、時間に余裕がない時や選曲しても動画がなかなか見つからない時などバタバタして面倒だったりするんですよね。
 結局、暇な時に動画検索まで含めてまとめてネタをストックしておいて、普段はそこからネタを持ってくるやり方が中心になりました。レゲエばかり続いたりとか、次はハウス続きとか、同じようなカテゴリーでしばらく引っ張ったりすることが増えたのはその為ですね。まぁ今でもその日の思いつきで選ぶ時もありますが。ちなみに文章の方はその日に書いているので多少ムラがあったりします 笑

 本部長さんは理由があってよりすぐった曲を持ってきていましたが、ウチは思いつきやたまたま動画が見つかった曲を選んでいるので、よりすぐりではないですね。
続きを読む >>

技術論 その2

 あと、亮さんが感覚的にコメントに書いていたのは、オレの推測ですが「西洋の音楽理論」に対する不信感なんじゃないかと思います。

 現在は音楽といえば、たいていはクラシックでお馴染みの西洋の音楽理論をベースにしていますが、ああした西洋音楽は西洋の上流階級を中心に発達したもので、同じヨーロッパでも民衆音楽とか、他の地域の土着の民族音楽などはまた違ったメソッドから成立したものなんですよね。日本の民謡や童謡、雅楽なども本来は五線譜や西洋音階に規定されている音楽ではないので、明治時代に西洋音楽とすり合わせが図られていますからね。

 たとえば古い教会音楽の旋法(モード)がロマン主義以降のクラシックやジャズで利用されたりしていますが、モードを利用した演奏では一般的なコードでいう不協和音も含まれてきます。クラシック音楽自体、ガチガチに理論、構成が固まって硬直化したので、変化をつける為にジャズや民族音楽を取り入れたり、より実験的な技法を取り入れて現代音楽へ発展しましたし、そうした視点からいえば古典的な西洋音楽理論は絶対的なものではありません。
続きを読む >>

技術論 その1

 何か音楽における技術論の話が盛り上がっているので(笑)オレも便乗して少し書いてみましょうか。

 オレが音楽を聴く時、「技術的な要素」というのはいくつかある要素の1つ、という程度のこだわりですね。感情表現や情景描写のようなリスナーの内面に訴えかける要素、グルーヴ感のような肉体性、演奏技術や楽曲構成や音作りのような客観的に頭で捉える要素、オレは主にこの3つのバランスで聴いています。
 たとえば曲調が目まぐるしく展開すると楽曲理論的には複雑で高度になるので聴きどころが増えますが、代わりにグルーヴ感が削がれてしまいノリが悪くなることがあります。各パートの演奏技術を聴かせようとするあまり、全体の構成が弱くて曲の印象が弱くなることもあります。バキバキに踊れる完璧なダンス・トラックがリスニングでは単調すぎて退屈なこともあるでしょう。

 ものによって色々な楽しみ方があるから判断基準に使う物差しは複数持つ、ということですね。当然オレの主観も込みで、これは許せないという演奏技術や音作りというものも存在しますけど、詳しくは書かないので察して下さい 笑
続きを読む >>

calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM